『両国の川開き』=隅田川花火大会、大花火の想い出

両国の川開き
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第六話 熱い暑い長い一日(後編)

―両国の川開き復活の日―

桟橋に戻ってお客様を待つばかりになると、墨堤にも、人が出始め、花火見物に最適な場所を探している様子。

そしてこれからが、また大変な時間になるのです。現在のように、隅田川沿いの遊歩道テラスは無い時代。直接、堤防に上がり、堤防を越えて下に階段を降りれば桟橋があり、墨堤の言問団子、長明寺桜もちのすぐ近く。

堤防沿いに隅田川を見やれば何艘もの船が浮かんでいますから、大勢の人たちがかなり興味を持つらしく…何とか桟橋に入ろうとする人や、質問攻めに遭うことになるのです。もちろん分かる範囲で答えることはできますが、様々な問いかけにはちょっと困りました。

「地下鉄や東武線の終電は何時か」と聞かれ、「もっと空いていてゆっくり座ってみえる場所を教えて」などなど。

「関係者以外の方は、入れません」の小さな看板が桟橋の上り口に取り付けてありますが、その関係者だからと言い張って、桟橋に入ろうとする人も多かったですね。

確かに、「隅田川花火大会」関係の腕章をつけていますが、「隅田川花火大会関係者」の関係ではなく、あくまでも、この桟橋を使って船に乗り降りする人々のための「関係者」ですので、丁寧にその旨を話して下りてもらうのですが、ひっきりなしに、説明していた記憶があります。

夏の長い陽が傾き始める少し前には、向島の料亭から女将さん、仲居さんに案内されて乗り込みが始まります。料亭のお客様と、芸者さんが、名入の揃い、色違いの浴衣姿で乗船しますから、川岸の周りの人々が集まってきます。

京都でいう舞妓さんにあたる半玉さんが、黒髪も艶やかに日本髪を結っての登場には、一瞬どよめきが上がるほどです。朱い紅も艶やかに、きっちり振袖を着込んで、しゃんとした姿には脱帽です。カメラのシャッター音、フラッシュが眩しいほどでした。

また、料亭さんから、まだ若い白衣の料理人さんたちが、重箱や大皿に詰め合わせた料理を次々と舟に運び入れます。
なかには寿司屋の職人さんがしっかり氷詰めした魚介類、包丁、まな板を持ち込んで、舟の中で寿司を握るという、粋な舟もありました。

いよいよ出船となると、堤防の上から、各料亭さんの盛大な見送りを受けて、賑やかに舟が走り出します。大体、10分刻みでお客様を乗せていますと、汗の乾く間もない大騒ぎ。

向島桟橋での乗り込みは、復活の53年度が、15、6隻、翌年は30隻から40隻くらいでしたから、かなりの賑わいでした。

乗り込みが終わり、舟が一艘もいなくなってしまうと堤防の扉に鍵をかけ、隅田川に架かる桟橋に下りて、ほっと落ち着きます。
目の前の対岸には、花火の打ち上げ台船が停泊しており、ヘルメット着用袢纏姿の花火師さんたちが、準備に追われています。

いよいよ打ち上げ

未だ明るい7時過ぎには、花火が始まるとの宣言でしょうか、ほんの数回花火が打ち上げられ、否が応でも花火への期待が高まります。
そして本番の花火が次々と打ち上げ始めれば、隅田川両岸の花火見物の人々のどよめきが、一斉に上がります。
この復活した花火への期待が大きいのでしょう、人々の熱気は増すばかり。
花火が上がるたびに、お腹にずっしり響く轟音。水面からも振動が直接伝わる迫力には圧倒されるばかりです。
夜空いっぱいに広がる大輪の花々。暗い空が、それぞれの美しい色に染められます。
天空を見上げれば、首が痛くなるほどの至近距離ですから、風向きによっては、花火の欠片や火の粉がパラパラ落ちてきます。火薬の煙りと匂いに包まれ、咳込んでしまうほど。

花火師さんたちの動きも、手に取るように見え、花火の打ち上げ前の一瞬の緊迫した様子にも思わず見入ってしまいます。大川を渡る川風も、花火が佳境になればなるほど、涼しくなっていきます。
最後の花火は、光りのシャワーを浴びるようなひと際輝く白光の枝垂れ柳に、数え切れないほどの花火が一度に上がります。誰しもが、これで終わりなのだと気付き、見事さと、終わりへの寂しさとで、両岸の観客から、拍手と歓声が沸きます。

「さぁ、今年の花火も終わり。これからが一仕事。気を引き締めて、お客様を迎えよう!」各会場から、一斉に船が走り出します。

終われば早く帰りたいのが、人の常。我先にと舟が集まってきます。拡声器と大声で交通整理しながら桟橋に順番に舟を着けていきます。どんどん集まってきますからモタモタしてはいられません
舟が着けば、ほろ酔い加減のお客様を迎えて、荷物を受け取ります、また、料亭さんからもお出迎えあり、その様子を見に人も集まってくるので、墨堤の桟橋はてんやわんや。大汗かきながら無我夢中で応対します。

すべて終われば夜も更けて、最後の船に荷物をまとめて乗り込み、小松屋に向かいます。人も舟もいなくなり、隅田川も静かないつもの川に戻ってます。

大仕事を終えた花火の打ち上げ台船も、曳き船に曳かれて静かに去っていきます。

その横をトコトコと走りぬけ、柳橋に着けば、もう夜11時。

子供の頃に途絶えてから、久しぶりの「両国の川開き」。最初の打ち上げには、心震える気持ちで迎えることができました。

「隅田川花火大会」と名称が変わっても、打ち上げ場所が変わっても私には懐かしい「両国の川開き」でした。

平成二十二年七月二十日 夏
柳橋 舟宿小松屋 女将 純

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